犬と猫の話
2018年の12月に、実家の犬が亡くなりました。18歳でした。柴まじりの雑種犬で、この世で一番かわいい顔をしていました。
犬がまだ元気だったとき、脱走したことがありました。犬は常に元気いっぱいなので散歩中に我々を振り切ってすごい速さで逃げていくことは一度や二度ではありませんでしたが、この時は散歩から帰ってきたあとに庭に繋ぎ忘れていたようでいつの間にかいなくなっていました。しかもちょうど社会人になったばかりの私の研修が終わり配属先が発表され、突然東京に引っ越すことになった最中のことだったので、私は引っ越しの手続きのために会社から与えられた3日間程度の休暇で新生活の準備をしながら犬を探すことになりました。
散歩コースやその付近をグルグル回ったり、迷子犬の貼り紙を作って近所のスーパーに貼ってもらったりしましたが犬は見つかりませんでした。もう明日には東京に行かなきゃいけないのに…と焦っていたその時、おばあちゃん筋から犬らしきものが近所のお宅に捕獲されているとの情報が入りました。急いで向かうと、一旦入るのを躊躇うほどの立派な門構えお宅でした。そしてその軒先に、犬がいました。泥まみれで毛はボサボサ、顔はショボショボしていて、これは…たしかに犬だが…私の知ってる犬か…?と自信が持てませんでした。が、迎えにきた私と祖母に気づくとショボショボの体でゆっくり立ち上がって尻尾をのそ…のそ…と振りだしたので間違いなくこれこそが犬だと分かりました。ご飯を置いてくださっていたのも見えたのですが、それは全く食べなかったそうです。こんなにショボショボになった姿は見たことがないのと、安心感とで、涙が出てきて「ありがとうございます…」と蚊の鳴くような声を絞り出すのが精一杯でした。
それはともかく、犬を保護してくださったというそのお宅のお子さんが途轍もない美男子で、私と祖母は呆気に取られてしまいました。高校からの帰り道に、川に犬がはまっているのを一緒にいたその子の彼女が見つけてくれたそうです(正直このとき、いるのかよ彼女…と思いました)。少年が助けてあげたところ前後不覚になった犬が家まで着いてきてしまい、とりあえず保護してくれたという経緯でした。帰ったあと、私と祖母は「えっめっちゃかっこよかったな…?」「ほぼ三浦春馬やんなぁ!?」などと大騒ぎでした。犬は翌日綺麗に洗われ復活しました。
そんな犬は脱走騒動から4年後にこの世を去りました。最後まで病気もなく大往生でしたが、年老いて普通にできていたことができなくなった最後の2年間ほどはとても苦しく、私は楽しいことがあまり楽しく感じられなくなりました。楽しいことであればあるほど後ろめたさがあり、ここでこんなことしてていいんだろうか、全部中断して実家に帰ってずっと犬と一緒にいた方がいいんじゃないだろうか、という気持ちが常にありました。もちろん犬にとってはそんなの知ったことではなく、私が勝手に思っていただけです。でもそう感じてしまう気持ちはどうしようもなく、犬がいなくなった後はそういった後ろめたさはなくなりましたが、楽しい時もどこか心の奥がひんやりする気持ちはそのまま残りました。
犬がいなくなる前の月に一週間ほど帰省して実家で仕事をしました。まだコロナが始まる前なので、そういった状況は稀でした。11月でしたが天気がよく、日の当たる縁側で犬が足元にいて、私は仕事をしていて、たまに犬を撫でて、あーずっとこうしたかったんだなと思いました。
そういったことがあり、最後にどういう気持ちになるかわかったのでもう動物は飼いたくないなと思っていました。だけど人間は愚かなので、忘れはしなくても、薄れてしまいます。そして今年の4月に、我が家に猫がやってきました。
仮にまた動物を飼うとしても犬以外考えておらず、猫を飼う想像は30年間したことがありませんでした。私はそもそも乗り気ではなかったので、彼氏の強い意向により猫を飼うことに決まりました。もちろん相談して決めましたが、飼うと決めたあともすごく悩んで、やっぱりやめようとか、かわいいのはわかるし来たらちゃんと可愛がるけど心から愛せるかわからないよ、とかを彼氏に毎晩言っていました。彼氏(好きなYotuberはコムドット)は恐ろしくポジティブで細かいことを気にしない人なので大丈夫だよ〜としか言わなくて将来のすべてが不安になりました。お迎えする前の一週間はずっと緊張して、ろくに眠れませんでした。
そんな不安の中やってきた猫は、むむという名前になりました。むむっとしていたので。
最初こそ状況が自分自身飲み込めなくて困惑していましたが、そこはむむの利口さに助けられました。トイレは教えなくても一回で覚えたし、名前もあっという間に覚えたのでいつから認識していたのかもよくわかりません。はじめての猫との暮らしは驚くことばかりでした。飼うといっても猫は人間に媚びないというしそれなりの距離感があるんだろうな、というのが当初の私の想像でしたが、実際はまるでポケットモンスター ピカチュウ版のように家中をついてきます。
といってもべたべたしてくるわけではなく、多少の距離は保ちつつも、同じ空間には存在していたいようです。コミュニケーションもかなり取れます。感情や表情の豊かさにも驚かされるばかりで、たまに本当は犬なんじゃないかと思う時があります。
こんなにも「他者と生活している」感があるとは思わず、予想以上に生活が変わりました。外出は最小限に抑えるようになったし、出かけても心配ですぐ帰ってきてしまいます。帰ってきたところで、嬉しそうにするわけでもないんですが。
いきものなので、飼った方がいいよとかは絶対に言えないですが、少なくとも私は本当によかったなぁと思っています。彼氏もしょっちゅう「むむが家に来てくれてよかったね」と言っています。理由はたくさんあるのですが、"毎日必ず幸せな気持ちになれる瞬間があることが確約されている"というのがかなり大きいです。普通に生きていたら今日幸せなことがあるかどうかなんて分からないけど、むむがいると絶対にある。
犬は外飼いだったのでこんなふうに一緒に寝るのは初めてで、こんなに幸せでいいのかな?と思う時がいっぱいあります。
先日、むむがうちに来てから8ヶ月経ち、1歳になりました。それに合わせて、一緒にむむを育てている彼氏と結婚もしました。むむを飼ったことによってすこし心境の変化があったというか、むむに対する責任感も理由のひとつとしてはありました。そんなことは知ったことではないむむは今は4キロ近い立派な猫になり、すっかり丈夫になりました。
犬とは、ちゃんと時間を過ごせなかったのが心残りでした。きっと介護も含めてずっとそばにいられたらあそこまで悲しい気持ちにならなかっただろうと思います。だからむむとはなるべくたくさんの時間一緒にいたいし、あーたのしかったと思って寿命を迎えてほしい。人が好きかどうかはよくわからないけど、遊ぶのは大好きなのでたくさんの人に遊んでもらいたい。後悔しないように時間を過ごしたいなと思っています。